津原泰水『ブラバン』

ブラバン (新潮文庫)

ブラバン (新潮文庫)

現在進行形の一冊。あまりの破壊力に、書かずにはいられなくなって。


津原さんは、人の意識を精確に描写する。
レオナルド・ダ・ヴィンチを想起させるほどだ。
現実と追憶をゆきつ、もどりつ。精神は時をたゆたう。常に。


みな、現実を必死で生きている。
振り落とされないように、手に手を取ってみたり、捨て鉢になって逃げてみたりしながら、必死で「現在」を掴もうと駆けている。
それは、十代のあの頃のような猛々しいスピードではない。
むしろ、その速さを忘れられないがゆえに、もつれる足のもどかしさを振り払いたくて、もんどりうっては悔しがる。呆然とする。
そこにあるのは、確かに地に足のついた人の姿であり、営みである。
私たちが世界を離れられない理由であり、歌を歌い、音を奏でる理由なのだ。


いきなり私事だが、私の父はクラシック音楽関係の事務所を経営している。
音楽を愛するあまり仕事にしてしまったクチである。
その父はよく、コンサート帰りにこう言っていた。
「人間、理屈で割って、割って、割って、割って・・・
それでも、どうしても割り切れなくて残るものがある。
それが音楽だ。
音楽が担うのは、その割り切れない最後の”1”の部分なんだ」
プライドが高くて怠け者で喧嘩っ早いというロクでもない親父だが、これだけは至言であると思う。


津原泰水は、嘘を吐かない。だから私は、涙せずにはいられない。


ブラバンこちら、ハードカバー版。