かぐや姫の物語

「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女の魂でござる。御仏を念じておやりなされ。」
―――芥川龍之介『六の宮の姫君』



凄まじい作品でした。終盤ほぼホラー。
あまりの衝撃に耐えかねて(?)落ち着くために文章にしています。
ぶん殴られすぎて、ご飯食べるの忘れて帰って来ちゃい、地元の駅に着いてようやく「ぐう」と気付くていたらく。
まだ少し頭の芯がじんじんしています。


物語自体は残酷すぎる寓話なのですが、映画から受け取れるメッセージはとても(私にとっては)暖かいものだったので、それがどんなものだったのか、最後の方にちょっとでも書けたらなあと。
ちなみに、観た直後のつぶやき(21:00以降)にメインの感想があったりします。→ここ
ここから先は「なぜこんなにも残酷なのか」という点についてが焦点…でもないなあ…。


まず単純にすごいなあと思ったのは、アニメーションとしての表現でした。
例えば名付けの宴で、見も知らぬ男たちから品定めされ、中傷され、値段を付けられたかぐや姫の表情。その凄まじさに鳥肌が立ちました。
どう表現し、誰に向けて良いかもわからない、しかし余りにも激烈なあの怒りの肌感覚を、なぜ高畑監督が知っているのか。「女」として生を受けると、まあ大抵は知っているかなと思う感覚ではありますが、男性によくあの表現ができたな…と。*1もう、そっくりそのまま、あのまんまなのです。
華やかな着物を散らしながら闇を疾走するかぐや姫の悲しみが、怒りが、恥辱が、ただ真に迫りすぎていて、身に覚えがありすぎて、私は嗚咽を押し殺すのに必死でした。


あるいは、帝に生け捕られた瞬間の、あの表情。
かぐや姫の魂が「死」を迎える瞬間の絶望と絶叫。
その真っ暗闇の冷たさが、こんな精確に「絵」として描出されるものなのかと、逆上する感情とは別のどこか冷静な部分で驚嘆している自分がいました。


それにしても、月人の罰*2はちょっと信じられないくらいに残酷でした。
あんな目に遭えば、「ここにいたくない」と絶叫するに決まっています*3
にも関わらず、それだけ酷い目に遭わせておいて「はい言ったーいま言ったー、おまえここ(地球)嫌って言った言ったー言っちゃったー」くらいのノリで早々に姫を引き揚げにかかる。一度でも死にたいと思ったらアウト、というのです。
どう考えても姫の選ぶべき道は、あまり多くはなかったはずです。
大体、姫が別の生き方、すなわち自分が大切にしたかったものに気付きそうになると、あのクリオネみたいなのが調整班よろしく姫の生きる道を修正してしまっているのですから、意地が悪いにも程があります。


なぜ、ここまで罰が苛烈なのか。
なぜ、己の魂を売り渡すまいと必死に闘い、泣き、足掻き、煩悶し、戦意を失って無気力になった姫に、「私は間違っていた」というセリフまで吐かせるのか。だって、ほかにどうできたっていうの?大切な育ての親を捨てて、出奔すれば良かったの?迷うことすら許されないの?間違ってはいけないの?、と、思いませんでした…?私は思いました。間違いを悟ったのなら、それでいいじゃない。月に返さなくたっていいのに。
あの、帝による無邪気な殺しを受けて、死を願うなというほうが無体です。


もちろん原作の結末がそう(月に還る)だから、というのもあるのでしょうが、私には、この物語が、「かぐや姫の」物語であることを強調するためなのではないかと思いました。
これは、「かぐや姫」すなわち人ならざるモノの物語であり、裏返せば観客、つまり私は「人である」。


かぐや姫は月人の運命として、一度でも地球に受けた生を否定したらそれを返上して月に帰らなければならない。
しかし、じゃあひるがえって私は。元から地球にうまれ、ただの人として生を受けた私は。
高畑監督は、そこに思い至らせたくて、かぐや姫の受ける罰をここまで苛烈なものにし、姫を追い込みながらも、生に執着しこの世に在る喜びを、観客にも思いだして欲しかったのではないでしょうか。


泣いて良い。怒って良い。闘って良い。
ヤケを起こしたって良い。
大切な人の手を、間違えて離してしまったとしても。
ここから消えてしまいたいと泣き叫ぶことがあっても。
「私」は天に還らなくて良いのだ、と。
なぜなら、私は、天上の者ではないのだから。
「人」としてこの世に生を受けたのだから。
人であるあなたは、月に還らなくて良い。
何度だってやり直して良いし、何度だって野に立ち返って良い。
闘い破れても、また立ちあがって闘えば良い。


あなたは穢れてなどいない。
愛することを諦める必要などどこにもない。
だいじょうぶ、生きなさい。


そう言って、そっと背中に手を添えられた気がしました。
ただ、このメッセージは温かいとか、励ましとか、そういうのよりはもっと直接的な宣言というか、監督自身のある種の「糾弾」のような手触りがあり、したがってその烈しさゆえにもう一度観る勇気はありません。
しかし、それでもその添えられた手が思いの外あたたかくって、エンドロールの間、わたしはずっと泣いていました。
わたしはかぐや姫と同じだけれど、同じではなかった。
よかった、と思う私を許してね。ごめんね。
でも、教えてくれてありがとうね。
そう思って、ずっとずっと涙が止まりませんでした。


もう少し、なんとかやっていこう。
素直にそう思って、そう思えたことにまた、涙が出ました。
観てよかった、と思います。ありがとう、とかとは違うんですけどね。










【余談】泣きすぎてハンカチが鼻水まみれになったので、これからご覧になる方はご注意ください…。えらいことになっちゃいましたよ…。

*1:脚本にもスタッフにももちろん女性がいらっしゃるので、助けてもらったのかなあ

*2:当たり前の話ですが、かぐや姫の犯した罪とは「ヒトのように生きたいと願ったこと」、罰とは「その憧れをじっさいに与えて自ら拒絶させ奪う」というものです

*3:誰だって死にたくなる、というか、魂が殺されるのがあのシーンです。身体がバラバラになります。